2013年6月1日

今月の花(25)
6月の花――ナデシコ



プロログ
 『セリ、ナズナ』で始まる『春の七草』は大抵の人が知っているでしょうが、では、『秋の七草』の方はどうでしょう。わたしが子供の頃に教わって今でも覚えているものは、『ハギ、オバナ、キキョウ、カルカヤ、オミナエシ、フジバカマ、またアサガオの花』でした。一方、万葉集には、『萩の花 尾花 葛花 なでしこが花 をみなへし また藤袴 朝顔が花』という山上憶良の歌があるようで、比べてみると、わたしの方はナデシコ(撫子)とクズ(葛)がなく、その代わりに『キキョウ』と『カルカヤ』が入っています。しかしカルカヤ(刈萱)は高さが1.5mにもなるイネ科の多年草で、山野に自生し、秋に短い総状の花穂を付けますが美しいものではありません。また、アサガオ(朝顔)はキキョウ(桔梗)のことのようですからダブっていて、そんなことから、山上憶良の方が正解、ということになるのでしょう。
 参考までに、尾花(オバナ)はススキ(薄)のこと、をみなへし(オミナエシ)は女郎花と書きます。
 さて、今日ご紹介する『今月の花は』この中の一つ、ナデシコ(撫子)です。はて、今月は『6月の花』なのに、何で秋の七草なの。――それは、今は一応置いておき先を読んでいただくとして、今日は先月半ばから我が家の庭の注目の的になっているナデシコを、どうしても紹介したかったのです。
 ナデシコは2011年、佐々木則夫監督率いる女子サッカー代表チーム『なでしこジャパン』が『FIFA女子ワールドカップ』を闘い、準々決勝のドイツに続いてスウェーデン、アメリカと強豪を撃破して優勝し、一躍脚光を浴びたことで有名になりました。それでも、わたしの周りには、それがどんな花なのか知らない人が大勢いるのは悲しいことです。しかし、本来、『大和撫子』に喩えられる日本女性像は、楚々として美しくお淑やかで古風な女性への褒め言葉ですから(いや、昔は男に対して使われた、とも)、もともとサッカーの選手とは馴染まない人種群で(失礼)、近年の女性にそれを求めるのも場違いであること間違いない(またまた失礼)と思います。その意味ではナデシコはむしろ、ひらがなで書く方が似合うのかもしれません。
 なお、このページは、ほぼ一年前の『つれづれ日記』の巻頭(日付は、そのページの月末)『つれづれの花』に載せた我が家の庭の花の話題を再編集したものです。この原本である『つれづれ日記』は、あくまで『日記』であって『花の章』とは性格が違うので、内容的に特性や栽培方法などについてはほとんど触れていなかったため、これに手入れの方法なども加筆してここ『花の章』に移し、充実することにしたものです。また、『つれづれ日記』は原則、6か月から最長11か月でネット上から削除することにしているため、折角の花の記事が勿体ない、と頂戴したメールにも動かされた次第です。ただし、これまでのとおり、発行した過去(大抵は1年前)の『つれづれ日記』を編集する形になりますので、重複する部分があることをお断りしておきます。
 というわけで今回のページは、昨年2012年7月1日版『つれづれ日記』の中の『おりおりの花――6月』(2012年6月30日分)に掲載した『ナデシコ』に加筆、復活させたものです。

ナデシコの概要
 前置きが長くなりましたが、そのナデシコ(撫子、瞿麦)。種(しゅ)としてのナデシコはナデシコ科(学名 Caryophyllaceae)一群の総称で、一般に、単に『ナデシコ』と呼ばれるものはカワラナデシコ(河原撫子)を指すようです。 別名をダイアンサスというのも、ナデシコの属名 Dianthus をそのまま英語読みにしたのでしょうが、流通上はあまり聞き慣れないものですし、『万葉集』などにも詠まれて日本人に馴染み深い『なでしこ』という語感から大きく逸脱するように思います。最近は新しい花木の改良種が学名のまま流通することが多くなりましたが、学名の知識をひけらかす、というよりもキザっぽく、安直にも思えて、わたしの好みではありません。元来、花木の名は、その姿・形、色、香り、風俗・歴史・寓話などによってもたらされた、それぞれに味わい深いものです。それを、多くはギリシャ語やラテン語の学名を英語読みして呼んで粋がっているのは無粋というものでしょう。
 それに比べれば、今日ご紹介するナデシコは後でご紹介する複数のユニークな別名を持ち、花香も優れた逸品といえると思います。
 ナデシコ属 (Dianthus) は、地中海沿岸、南アフリカ、アジア、ユーラシアなどの温帯域を中心に約300種が分布し、このうち、九州と沖縄、ならびに本州と四国の一部に分布するヒメハマナデシコ(Dianthus kiusianus)と、本州中部に分布するシナノナデシコ (別名 ミヤマナデシコ:Dianthus shinanensis)は日本にだけ自生する固有種です。他に日本には前記のカワラナデシコ(Dianthus superbus)とハマナデシコ(別名 フジナデシコ:Dianthus japonicus)が分布します。
 ちなみに、カワラナデシコ(河原撫子)の属名の中で『Di-』はギリシャ語の『dios(ギリシャ神話の神。ジュピター)』、『-anthus』は花という意味で、種名である『superbus(気高い、堂々とした)』と組み合わせると『最高神ゼウス(ジュピター)の気高い花』という畏れ多い名を頂戴しているわけで、古来から美しい花、神の花、神聖な花としてあがめられてきたようです。『ヤマトナデシコ(大和撫子)』もこのカワラナデシコの別名で、後に中国から入ってきたセキチク (石竹:Dianthus chinensis)など他のナデシコ群と区別するために『大和』を冠したと聞きます。中国では早くからセキチクが園芸化され、日本には平安時代に渡来して『唐撫子(カラナデシコ)』と呼んだことから、『唐』に対して『大和』と区別したというわけです。
 さて、今日ご紹介するナデシコはそれらとは別。その名は『アメリカナデシコ(亜米利加撫子)』別名を『ヒゲナデシコ(髭撫子)』あるいは『ビジョナデシコ(美女撫子)』といいます。流通しているのは別名の方でしょうが、『髭ナデシコ』は花の美しさに馴染まず、また『美女ナデシコ)』も何とも面映ゆい感じとカナ書きに馴染まず、いずれにしても一つの花に『美女』と『髭』という相反する名前を同時に持つのは不都合と考え、このページでは以下、本名(?)とされる『アメリカナデシコ』を使います。また特にことわらずに単に『ナデシコ』という場合は『カワラナデシコ』を指すことにします。
 別名のヒゲナデシコは、総苞が長く髭のように生えていることから付けられたものといわれ、それなりに納得できます(右の写真)。でも、ビジョナデシコ(美女撫子)の方は由来が分かりません。一説によると、明治20年に日本に渡来したとき、従来のナデシコ類にない美しさから美女の名を貰ったとされますが、美女に喩えられる花はスイシカイドウ(垂糸海棠=2012年4月1日付け『花の章』『今月の花(11)』参照)やボタン(牡丹=2003年9月6日改訂『花の章』『誰でも楽しめる百花の王・ボタン』参照)を初めとして他にいくらでもあるし、しかも、そもそも花名の由来である『撫し子=子供』と『美女=大人』がバッティングするではありませんか。
 つまり、秋の七草として親しまれるナデシコは、『頭を撫でてやりたくなるほど可愛い子→撫し子』、という意味から来たのだそうですが、フリルを付けたような多彩な花は確かに可憐ではありますが、ビジョ、といわれるとイマイチ、ピンと来ないのは、わたしの感受性が鈍いのでしょうか。
 ま、そんなヘソマガリの理屈はさておいて、(これには異論があるかもしれませんが)ここでは『アメリカナデシコ』を本名として通します。ただし、アメリカナデシコの学名は『Caryophyllaceae Dianthus barbatus』で、その種小名『barbatus』は『髭のある』という意味だそうですから、これからすると、和名は『髭ナデシコ』が『正』なのか、とも思いますが。
 ナデシコ属は交配も容易なため、園芸品種や雑種も沢山あります。アメリカナデシコはその代表種の一つとして扱われているようで、園芸種でよく知られているのは、中国原産のセキチクとヨーロッパ原産のアメリカナデシコとの種間交配雑種だそうです。ということはすなわち、そのアメリカナデシコ。実は原産地はヨーロッパ南部や東部、主にバルカン半島、ロシア西部などで、アメリカには自生していないそうなのです。ですから、アメリカナデシコの原種は一旦ヨーロッパからアメリカに伝わり、その後、江戸時代末期にアメリカ経由で日本に渡来したと考えられているようです。花の名前って、難しいし、とても面白いものではありませんか。
 さて、いったいにナデシコの仲間は丈夫で耐寒性に優れ、誰でも育て易い花で、一般には秋早くに種子を蒔くと翌春に開花し、1ヶ月以上も花を楽しむことができます。アメリカナデシコも性質は強く、耐寒性に優れ、本来は多年草ですが、日本では暑さに弱く寿命が短くなるため、秋に種子を蒔いて翌春に開花させる耐寒性一年草(あるいは2年草)として扱われています。
 ナデシコは秋の七草の一つに挙げられているのですから、古くは花期が夏から秋に亘ることから『常夏(トコナツ)』とも呼ばれ、本来は8〜9月頃に淡い紅紫色の可憐な花を開くものらしいのですが、本質的に四季咲きの性格を持っていたようで、実際には4〜6月頃から始まり、夏期は一時休眠して秋11月にかけてと、非常に長く楽しめる、お得な花です。中国からのトコナツと在来のカワラナデシコが自然に交雑して豊かな変種を生んだともいわれ、江戸時代からは一層の品種改良が進められたようです。

ナデシコの形態
 アメリカナデシコの多くの品種は低温による花芽分化が必要で、大苗で寒さに当てて冬越ししないと花芽を付けない性質を持っているので、翌春に花を咲かせるためには冬は戸外に置き、寒さに当てることが必要です。
 そこで、通常、ナデシコの種蒔きは9〜11月上旬の秋蒔きですが、アメリカナデシコは遅く蒔くと翌年に咲かないことがあるようで、秋早く、横浜ベースで8月中頃から遅くても10月までに蒔き、霜の降りる1か月前までには定植を終えてしっかりと根を張らせ、大株にして冬を越さないと翌年に咲かない株が出るようです。北海道のような寒冷地では4〜5月、遅くとも7月までに蒔きますが開花は翌年5〜7月になります。耐寒性もあり乾燥に強い丈夫な植物で、一年中屋外で育て、本来は毎年咲く多年草なのですが、真夏の多湿に弱く、枯れることも少なくないようです。しかし、暖かい地方では、上手に育てれば開花株が残って冬を越し、翌年も花が咲きます。下記『ナデシコの手入れ』の項にある写真がそれで、『三年株』です。育苗も難しいというほどではありませんが発芽率はやや悪く、環境によっては上手く育ってくれない場合があるようです。
 前年の秋に種子を蒔いたアメリカナデシコの苗は翌年春に真っ直ぐ茎を伸ばし、その先端あるいは葉腋から群がるように傘状に固まって集散花序を出し、2〜3cmほどの数十輪の花を咲かせます。花の色は白、淡桃、緋紅色、赤、赤暗色、橙、紫、青紫、黒など豊富で、複輪や八重咲きもあって、色や柄模様が豊富で多彩ですから、各色混合の種子を播いて育てると花壇がにぎやかになります。英名がSweet Williamとあるように、花には甘い香りがあります。
 アメリカナデシコがヒゲナデシコ(髭撫子)と呼ばれるのは、花の開き始めにセキチクに似た花の基部から細い針状に発達した堅くて細長い総苞が花を囲むように突き出し、それが髭(ひげ)のように見えることからだそうですが(前出の写真)、ほとんどの蕾が開いてしまうと、この『ヒゲ』は隠れて見えなくなります(左上の写真など)。
 縁にギザギザがある特徴的な花弁は5枚、萼は円筒状で先端が5裂し、2〜3対の苞が重なり合っています。雄蕊は10本、子房は1つ、花柱は2本あります(左の写真)。
 草丈は30〜60cmの高性種から15〜20cm程度の矮性種まであって、葉は先のとがった披針形で基部は連なって茎を抱き対生しますが、細長く小さいので、そのぶん花がよく目立ちます。草の様子がカーネーションに似ていますが、カーネーションは茎が弱く自立しにくいのに対し、この種のナデシコは太くしっかりした茎の先端にボンボン状に花の塊を付けます。咲き終ったころに花がらを摘み取ると、次々と新しい花が咲きます。

花言葉と誕生花
 ナデシコは『撫でし子』に通じるところから、しばしば子供や女性にたとえられます。アメリカナデシコが美女ナデシコの名を貰ったのも、そんなところからかもしれません。その花言葉は、『純粋な愛情』『長く続く愛情(=赤花)』『細やかな思い』『真心を信じてください』『丁寧』『器用』『鋭敏』『名誉』くらいまではいいとして、『野心(=紅花)』『義侠』『勇敢』『伊達男』『拒絶(=絞り花)』となると、美女ナデシコの花言葉としては似つかわしくないでしょう。
 4月25日、5月31日、6月10日、6月11日、6月26日、7月15日の誕生花です。
 参考までにカワラナデシコの花言葉は『純粋な愛(純愛)』『思慕』『婦人の愛』『いつも愛して』『貞節』『無邪気』『可憐』『快活』『女性の美』『才能』『大胆』『快活』から、なぜか『お見舞』まで。5月29日、6月10日、6月11日、7月15日、7月22日、7月28日(=赤)、9月4日、9月11日の誕生花ですが、季の景物としては秋として取り扱うそうです。
 また、これは花言葉ではありませんが、植物からは沢山のマイナスイオンが出ていて、例えば赤い花は『前向きな気持ち』になりたいとき、黄色の花は『素直』になりたいとき、青い花は『リラックス』したいとき、など花の色によって効果が違うそうで、雨の翌日に庭仕事をすると一層効果が大きいそうです。いろんな色の花が咲くナデシコなど、最適ではありませんか。
 また、この効果は部屋の中に花を飾ったときでもあるそうですが、試してみる? ただし、効果がなかったといっても責任は持てませんから、悪しからず。でも、花を育てることが好き、という人は素敵だと、わたしは思います。え、悪いのもいる。それも世間というものでしょう。

ナデシコの手入れ
 ナデシコ属には100を超える品種があり、交配も簡単にできるので園芸品種や雑種も沢山あって流通しています。そこで、ここでは、これらの中で、早秋に種子を蒔いて翌年の春から花をつける『アメリカナデシコ』について、一連の作業を纏めてみました。ちなみに、このページで紹介したアメリカナデシコは、本来的には毎年咲く春咲きの多年草なのですが、梅雨や真夏の多湿と暑さに弱く枯れることが多いため、一般には秋に種子を蒔いて翌年の春に花が咲く一年性として扱われていることが多いので、ここでの説明は両方が混在していることがあります。しかし、開花株を半日陰などで上手に夏越しさせれば、翌春には一段と見事に開花するので、できれば上手に育てて『多年草』が実現するよう努力すると一層楽しんでいただけると思います。
 ポイントは、日当りと風通しと排水性の良い環境で育てることです。高温多湿に弱いので、特に梅雨時には枯れ葉をこまめに取り除き、足許が蒸れないように気を付けてやりましょう。夏を無事に過ごせば、来年の開花も大いに期待できるでしょう。
 右の写真は、一昨年の苗が、昨年と、2年目の今年も開花した『3年株』です。全部の株が越冬に成功したわけではありませんが、少しでも咲いてくれると得したようで、一層愛らしく思えます。

【苗を作る】
 このように、ナデシコは、本質的には多年草ですが、多くの場合は1年草として扱い、毎年種子を蒔いて苗を作ります。
 一般には秋に種子蒔きをし、寒さがくるまでに大苗に育てておくことが基本ですが、寒冷地では春に蒔くことになります。秋蒔きの目安は8月下旬から10月上旬頃までですが、ヒゲナデシコは遅く蒔くと翌年に咲かないことがあるので、7〜8月上旬には終わるようにすると、翌年暖かくなってからの花付きがよくなります。発芽温度は20℃前後なので、風通しの良い場所を選んて蒔きましょう。
 種子を蒔く道具は特別なものは要りません。トロ箱やポットなどの平箱を用意し、水捌けのよい新鮮な土を入れて3〜5cmほどの間隔に浅い溝を切り、その溝に粗めに筋蒔きをしたら軽く覆土して水をたっぷり与え、新聞紙などで覆っておくと、1週間ほどで発芽します。わたしは径50cmほどの浅い丸鉢に目の細かい(5mm前後の)赤玉土を敷き、その上に直に種子を均等にばら蒔いた後、土の表面を軽く掌で撫でて種子を土に馴染ませ沈ませるようにしています。発芽までの日数は10〜14日です。
 寒冷地では春蒔きになり、5月から遅くとも7月初め頃が適期になりますが、開花は翌年5〜7月になります。
 発芽率はやや悪い場合があるので、種子は信用のおける店で、新しいものを求めて下さい。袋の裏の下の方に『採取日(あるいは有効期限)』と『発芽率』が記載されています。これが表記されていないものは購入しないことです。発芽率の目安は70%程度です。
 発芽したら日に良く当て、本葉が2〜3枚ほどになったときに露地に直接植えるか、一旦別の浅箱に10cmほどの間隔で植え広げ、10日に一度薄い液肥を与えます。
 苗を育てるのも特別難しいということはありませんが、環境によっては上手く育ってくれない場合があるようです。そのような場合は、苗を購入した方がいいかもしれません。
 苗は、挿し芽で作ることもできます。茎の中程の、花芽のない元気な枝を節下で5〜6cmの長さに切り、清潔な用土に挿して半日陰に置いておけば3週間ほどで発根します。春のうちに挿し芽で子苗を作っておくと、親株より容易に夏越しします。挿し芽は一般に難しいとされますが、換気の良い半日陰に置き、霧吹きなどでこまめに湿度を調整すればそれ程難しくはないそうです(ただし、わたしはやったことがないので責任は持てません。悪しからず)。

【植え付け】
 花壇への植え付けは15cm前後の間隔で、浅植えにならないように注意しましょう。
 いつでも日が当たって水はけ良く風通しのよい場所なら、丈夫で花付きもよい株に育ちます。そうでなければ徒長したり病気にかかりやすくなり、花付きが悪くなります。冬でも半日以上日が当たる排水のよい土地であれば申し分ありません。ここで紹介するアメリカナデシコは、ある程度成長した株が寒さに当たって花芽を付けるので、花を咲かせるためには冬は戸外に置くことが基本なのです。ただし、真夏は西日を避けて下さい。
 丈夫で寒さにはある程度耐えるので、基本的には一年中屋外で育てますが、霜に当たると葉が傷むので、寒冷地では簡単な霜よけが必要になるかもしれません。ただし、横浜の当家では、何もしたことはありません。それよりも、寒さが来るまでに充分な大きさに成長させ、しっかりとした根張りを作ることの方が大切だと、わたしは考えています。苗を購入した場合も同様で、一日も早く植え付けを済ませ、霜が降りるまでに十分に根が張るように育てます。こうしておくと、春からの生育と花付きが格段によくなります。
 もう一つ、プランターや鉢植えの場合でも、土が凍るほどの寒冷地でない限り、できれば冬も室外に置くようにしましょう。新聞紙などで簡単な霜よけを作れば、問題ないと思います。むしろ室内の暖かいところで冬を越すと、花茎が伸びず花も咲かなくなるので、室温は5℃程度を目安にしましょう。
 高温多湿に若干弱いので、真夏は半日陰か日陰に移動して風通しよい環境で育てる方がよいかもしれません。

【用土】
 肥沃な土を好み、肥料は多めに要求するので、水はけのよい、有機質に富んだ土がよいでしょう。わたしは植え付けの1週間か10日ほど前に定植の場所を30cmほど掘り起こし、1m2当たり腐葉土と牛糞を両手に一杯ずつ、そして過燐酸石灰を薄く撒いて良く鋤き返して『床(とこ)』を作ってやっておきます。こうしておけば、連作しても問題がありません。
 鉢の場合なら、基本的な目安は赤玉土5、腐葉土3、川砂2といったところでしょうか。わたしの場合、この辺は可成りアバウトで、要は水捌けを良くすることだけを考えて作ります。ただし、乾燥させ過ぎないように注意することが肝要です。肥料は、定着してから考えることです。初めから用土に混ぜてはいけません(本に『混ぜろ』と書いてあっても、やめた方が無難です)。

【水遣りと肥料】
 本来の性質としては乾燥気味を好み多湿に弱いので、水のやりすぎには注意が必要です。土が濡れている状態が長期間続くと根腐れしてしまいます。肥料も多すぎると葉が茂るばかりで花が咲かなくなります。
 露地栽培ではほとんど水遣りの必要はありませんが、あまり乾燥する日が続けば、冬でも、たっぷりと水を与えてください。1週間か10日が目安でしょうが、土の具合によるので、土や花と相談して下さい。
 肥沃な土を好み、肥料は多めに要求するので、3月に入ったら株間に化成肥料を少量与えます。肥料は緩効性で、カリ分の多いものにします。
 鉢植えの場合は液体肥料を週に1回与えてもよいですし、固形肥料を月に1回程度、鉢の隅に置いてもいいでしょう。
 ただし、肥料の遣り過ぎ、特に窒素分の多い肥料をやると葉ばかりが茂って花が咲かなくなります。葉は茂っているのにまるで花が咲かない、と思ったら施肥を停止してみましょう。また、梅雨前から暑さが一段落するまでは肥料を控えた方がいいでしょう。

【花後の作業】
 花が咲き終ったら種子ができてしまわないように花がらを摘み取ると、次々と新しい花が咲き、長期間楽しむことができます。葉が黄色く枯れてきたら取り除くようにしましょう。
 上手に管理された株は、花が終わりかけた6月頃、根元を10cmほど残して切り戻すと、また元気な脇芽が出て花が咲きます。
 更に、このナデシコは本来的には多年草ですから、上手に管理すれば翌年もまた花を見ることができます。挿し芽をしても株を更新できるようです。

【病害虫】
 アブラムシやヨトウムシなどの害虫が発生したら、殺虫剤で除去します。オルトラン粒剤などで予防することもできますが、わたしは神経質にやたらと薬剤を撒くことはお勧めしません。むしろ、風通しをよくして発生を防ぐ方が正解だと思います。
 水はけや風通しが悪く、株が蒸れたりすると葉に斑点が入る病気が多発します。一度発生すると周囲のナデシコに感染するので早めに取り除きます。これも予防が大切です。
 わたしは経験がありませんが、ナデシコは小苗の時期に、苗が突然枯れてしまう『立ち枯れ病』が発生しやすいそうです。この病気は、種子を蒔いた用土に病菌が混入して発生するようなので、用土は新しいものを使うことが大切です。一度発生したら、その土は使えないので、苗と一緒に密封して処分することになります。

【毒性】
 ナデシコは、普通に食べて死ぬような強い毒は持っていないようですが、ナデシコ属の中には葉や果実に毒成分を含む種も幾つかあるそうなので、秋の七草だからといって食卓に並べるようなことは避けた方がいいかもしれません。
 わたし達の普通の生活の中では、庭にある観賞植物を口にすることなどほとんど考えられないことですし、食べたとしてもその程度の量では多くの場合、命に係るような事態を生じるようなことにはならないでしょう。ただ、流行のようになっている山野草狩などで採取したものの中には猛毒の種もあるかもしれないので、熟知した人と同行するなど、くれぐれもご注意を。

エピログ
 ところで、ナデシコには、幼い頃の忘れられない思い出があります。それは、わたしが小学校3、4年生の頃、女学生(当時=今なら高校生に当たる)であった姉がいつも口ずさんでいた歌で、
「おのの〜さ〜ゆ〜うりなあでしこおかきね〜の〜ち〜ぐうさ〜」
 で始まる唱歌でした。当時の女学生が好んで歌っていて、今でも耳に残る美しくすばらしい歌ですが、この出だしの部分の歌詞の意味だけがよく分かりませんでした。つまり、「うりなぁでし、こぉかきねぇ」と歌われる部分が、かなり成長したころまで理解できなかったのです。それが、もともとはドイツ民謡で、吉丸一昌が作詞し入野吉郎が編曲した『故郷を離るる歌』という(当時の)新作唱歌で、正しくは、
 『園(その)の小百合 撫子 垣根の千草
  今日は 汝(なれ)を眺むる最終(をはり)の日なり
  思へば涙 ひざをひたす さらば故郷(ふるさと)
  さらば故郷 さらば故郷 故郷さらば』
 という歌だと知ったのは、かなり成長した後でした。
 弟思いで優しく美しかったその姉は戦後間もなく、食糧も医薬も乏しい中で他界しましたが、この歌だけは、姉の歌声とともに今でもわたしのこころに、深く、強く、鮮明に残っているのです。
 ナデシコと聞けば、いつでもこの歌を思い出し、姉を思い出して少しばかりしんみりするのですが、老婆心ながら、歌の中の『千草』とは、そういう名前の草があるわけではなく、『いろいろの草』という意味です。また、『最終(をはり)』は『おわり』と、『思へば』は『思えば』と読んでください。

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